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カイワレの大冒険 Third

技術的なことや他愛もないことをたまに書いてます

エンジニアとして支えるということ

エッセイ エッセイ-インフラ

昔こんなことを呟いたことがある。「インフラエンジニアは、いつ暗殺されるか分からない、明治時代の倒幕者だと思えば気が楽かもしれん」と。

そう呟いたときも、今でさえも分かっていないけど、思うところがあるので、記してみる。

技術 VS 心意気

エンジニアとして生きる上で、サービスを常に安定させることは死活問題だったりする。そういう気持ちを持っていてさえ、365日常に稼働させる自信あるかと言われると、まだ足りない部分があると言わざるを得ない。とても、「ずっと安定してますよ、問題ないですよ」とは言えない。というのは、どんなに手を打っても、それを上回る力で何かしら起こる可能性が0.01%でもあることを心の底で感じているからだったりする。
もちろん、ホットスタンバイの準備や、SPOFをなくす構成、原因を特定しやすい仕組みなど、技術を学んでは適用し、応用し、常に改善をしていくようにはしている。新しい技術でも状況が改善できるようなら、仕組みを理解し、適材適所で適用するように努力はしている(人が見たらどう思うかわからないけど、頑張ってる(きっと)。
そして、勉強会に出て、本読んで、勉強して、検証して。それでもいっぱい失敗して、そのなかで本番で使えるもんなんて一部のような人生を送っている。
そして、これが心意気というもので、暗殺されるかもしれないような緊張感を持ち続ける意味だと思っていた。

でも、こうやって考え、自分を磨いて進んでいくのが本当に正しいのか、最近こういった考えは実は違うんではないかと思うようになった。

なんのために。

LVS、keepalive、パケットキャプチャ、インデックス、マルチスレッド、チューニング、パラメータ、様々なコマンド、リソースモニタリングなどなど。障害や軽量化に対する対策はいくらやっても全然足りない。そう分かってはいても、やるしかないからやるのだ。自分が関わってるサービスで安定しないなんてやだし、睡眠だって取りたいし、やれることからやっていくしかない。そういう考えが多くの比重を占めていたように思うときが多かったように思う。サービスを救うとか、護る、将来のために身を切るみたいな感じだったのかもしれない。

でも、「インフラ」って本当にそういうものなのかと考えたときに、なんか一面ばかり見ていたかもと思い、少し考えを改めてみた。「インフラを安定させれば、プログラマはより攻めの姿勢でプログラムを書ける」と。

保守的・遠慮した状態なんて敢えて作りたい人なんてどれくらいいるのだろう。僕だったら、サービスが良くなるなら、今以上に機能が充実し、喜んでもらえる人が増えるのなら、その流れに自分も乗っていきたいと思う。もちろん、プログラマとエンジニアを分けて考えること自体が間違いだと言われればそれは否定できない。でも正直、自分の周りでほんとに綺麗なコードを書く人ばかりを見て、自分はホントできないなとか、足引っ張ってるなとか、なんか得も言われぬ感情を抱いて、俺何やってるんだろと、なんか切なくなる時があったなぁと思うし、今でもある。

でも、周りにそういう人がいるのだから、そういう人が動きやすい環境を作るのも、一つの「インフラ」であり、役目なんではないかと思うようになってきた自分がいる。サービスを安定させることは大事だけど、攻めの姿勢に持って行くときに「インフラ」って無駄じゃないんじゃないかと。

救うのではなく、よりよく。人生におけるキャリアパスとは。

多くのトラフィックを扱い、原因を特定し、改善を行い、安定させる仕事は当然大事だと思う。すぐ落ちたり、応答がなくなるようなサービスにしちゃそれはダメだと思う。また、そういう面を改善していくことで多くのスキルや勘を身につけ、キャリアアップの礎にすることはより自分を磨く上で絶対やらなきゃいけないと思う。

でも、そうやって「キャリアを磨くための手段」に陥ったら、いつ自分は文句を言わなくなるのだろう、不満ばかりを抱かなくなるのだろうと思ってきて、俺何やってるんだろと切なくなる時期が増えていた。でも、「よりよいものを積極的に作るお手伝いをしている」と考えたら、ふと力が抜けて、そういうキャリアパスって悪くないなと。国を救うみたいな大それたことじゃなくて、よりよいものを作りたいって思ったほうが本来の意義なんじゃないかと。

不満を抱くパスなんかよりも、大変だけどそれでもなんか心のどこかで、今は誰かの支えになって、よりよいものが作られていくと思うパスのほうがなんか自分に優しいんじゃないかと思えてきたのかもしれない。

正直、答えなんて出ないかもしれない。でも、肩の力が少しでも抜けたから、同じような悩みを持っている人がいるかもしれないし、吐露しておこうと思ってこうして書いてみた次第。

維新がやりたいわけじゃなくて、同じ方向向いて、少しでも頑張りたいと思う気持ちが、倒幕者の気持ちとして代弁してたんじゃないかと、ふと思ったようなそんな夜だったりする。